【青森市】近代史最大の遭難事件は如何にして起きたか『八甲田山雪中行軍遭難資料館』

◯概要

明治35年(1902年)1月に起きた陸軍歩兵第五聯隊の「雪中行軍遭難事件」に関する資料館です。
当時の時代背景や行軍計画、遭難・捜索の様子を史実に基づいた資料の展示と映像で紹介します。
その隣には、市が文化財史跡天然記念物に指定する犠牲者の「陸軍墓地」と「多行松」があります。

 当博物館では、青森市から田代元湯への行軍を実施したところ、訓練に参加した210人の内、199人の死者を出す近代史最大の遭難事件が起こってしまった「八甲田雪中行軍遭難事件」を取り扱っています。

 

 この事件は高倉健が出演している映画『八甲田山』も有名なので知っている人も多いかもしれません。

  

基本情報

・入場料

 大人:270円 大学・高校生:140円 70歳以上と中学生以下:無料

・開館時間

 9:00〜18:00(4月〜10月)

 9:00〜16:30(11月〜3月)

・休館日

 12/31 1/1 2月の第4水・木曜日

・アクセス

 〒030-0943

 青森県幸畑字阿倍野163-4

 

◯第五連隊の編成

 舞台は明治時代の青森県。帝国陸軍がロシアとの戦争時に津軽海峡と陸奥湾を封鎖された場合に備えて冬季訓練を行っていました。訓練を実施した部隊は第五連隊として編成され、雪の影響を研究することと寒冷地での軍事訓練を兼ねていました。

 

 部隊は第五連隊よ第三十一連隊の二部隊に分かれて訓練は行われました。

 訓練の計画としては第五連隊は八甲田山の北側を南下して田代新湯に向かう一泊の行軍に対し、第三十一連連隊は弘前から十和田湖の南湖畔をかすめながら現在の十和田市に出て、さらに西進北上して八甲田山を越えて青森に出たあと弘前に戻るという十一泊の行軍でした。

 

◯雪中行軍二日目の悲劇

 雪中行軍二日目の1月24日。悲劇は起こります。気温はマイナス20℃を下回り風雪が激しい中、道に迷ってしまうのです。猛吹雪の中も行軍を続け露営をしたが場所が悪く遂に犠牲者を出してしまいます。

 長時間の行軍で体力を消耗し、睡魔、寒気と猛吹雪が襲い昏倒者が続出し1/3の兵士を失うこととなりました。最終的には210人の部隊で199名が亡くなる近代史最大の遭難事故となってしまいます。

 

◯この二部隊は何が違ったか

 第五連帯では何故このような悲劇が起きてしまったのでしょうか。1つ目は心構えです。行軍は一泊しか行わない予定だったので、危機感が薄く凍傷対策を怠ったものが多くいたのが要因の一つです。

 二つ目は食料準備です。携帯していたおにぎりが極寒で凍結していたため捨ててしまう者が多かったようです。その結果、二日目で食料が尽きる結果となってしまうのです。

 三つ目は疲労です。激しい風雪と寒気のよる焦った一行は露営を決定し塹壕を掘りますが、かえって体力を消耗する結果となってしまうのです。更に出発を朝5時から2時に早めたので更に疲労を濃くする結果となりました。

 

最後に

 最近はソロキャンや登山(こっちは昔から流行ってるけど)をする人が増えているので、学びになることが多いかと思います。如何に準備不足が危険なことか学ぶことができました。

 

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