【京都市】酒造なのに河童推し『キザクラカッパカントリー』

○はじめに

 黄桜の歩みと酒造りの工程などに加え、古くから日本人に親しまれてきた河童の起源から歴史、各地の伝承などを分かりやすく展示した日本有数の河童の資料館です 。

  

 今回は京都府の博物館を紹介しようと思います。今回もお酒メーカーで『黄桜[1]名前の由来は社長が黄桜を好んだことから』が運営している博物館です。

  

 河童記念館の隣には直営店があり、作り立ての地ビールを飲むことが出来るのが特徴です。お酒に合うおつまみ、持ち帰り可能な弁当、宴会が出来たりとバラエティーに富んだレストランとなっています。

   

○基本情報

・入館料金

 無料

・営業時間

 10:00~16:00

・休館日

 月曜日(祝日の場合は開館)

・所要時間

 30分

・アクセス

 〒612-8042

 京都府京都市伏見区塩屋町228

 (京阪電鉄本線「中書島駅」から徒歩10分、近鉄京都線「桃山御陵前駅」徒歩10分)

  

○河童記念館

 赤いのぼりに大きく「黄桜」と書かれた建物に入ると、まず入ることになるのが直営店か河記念館です。まずは河童記念館について紹介します。

  

 そもそも何故河童なのか?博物館には下記の記載があります。

 前社長 松本司郎は、ほのぼのとした雰囲気の崑かっぱ[2]崑とは昭和の漫画家 … Continue readingと「誰にでも親しめるおいしい酒ー黄桜」の精神が通じ合うものを感じ、ブランドキャラクターとして使用を申し入れた。

  

 つまり、清水崑さんが書いた河童が気に入ったから自社のイメージキャラクターに採用したようです・・・!黄桜も上手くイメージキャラクターとして河童が定着しているのでこれはいい選択だったのではないでしょうか。

  

 では、本題の記念館についてお話しします。当記念館は名前通りに河童をメインに扱っています。河童の歴史、逸話、河童にちなんだグッズの数々が展示されています。館内を見学していて面白かった話がいくつかありましたので紹介します。

  

河童の歴史について

 河童が初めて文献に登場したのは『日本書紀』だそうです。この書物に河童の原型であるみずちについての記載があります。

 ですが、それ以降は江戸時代になるまで河童についての記載は無くなります。江戸時代に入ると河童が活躍し始め、今に続く人気の妖怪となったそうです。

  

□河童の正体は?

 一体河童って何者なのか?各地に色々な説があるようなのでいくつか紹介します。

  

①人形説

 有名な大工が城を造るのに起源が間に合わなくなりそうになってきました。そこで薬人形を沢山作り、それらに命を吹き込み、彼らに手伝わせたそうです。結果、城を無事に完成させました。

 でも、これから薬人形たちはどうしていけばいいのか・・・?そう大工に尋ねると、大工は「人の私利でも食らえ!」と言って去って行ったそうです・・・。このため、人形たちは河童に化け人の尻子玉を取るようになったそうです。酷い大工ですね・・・笑

  

②平家の落人説

 源氏との壇ノ浦の戦いに敗れた平家の残党は筑後の高良山に逃れる。だが、源氏の更なる追い討ちで筑後川へ流れたが、そこで運は尽き源氏に討たれることに。残党たちは怨霊となり河童に化けたという説も。東京千代田区の首塚だったり耳なし芳一だったりと平家=怨霊というイメージがありますね。

  

③渡来人説

 河童たちは中国の黄河上流から球磨川河口に上陸して住み着いたという説。住み着いた一族は9,000匹になり悪事を繰り返してきた。それに怒りを覚えた肥後の藩主 加藤清正が九州全ての猿(猿は河童の天敵らしい)を招集し攻めさせたところ、河童たちは降参して去って行ったそうです。

 こんな感じで河童に関するエピソードが沢山紹介されているので、有名だけどよく知らない河童の事をちゃんと知ることが出来る貴重な博物館となっています。

  

○黄桜記念館

 次に紹介するのは河童記念館の道路を挟んだ向かいにある『黄桜機記念館』です。こちらはお酒メーカーらしく昔の酒造を知ることが出来ます。昔の酒造りをメインに取り扱っており、製造の際に使っていた道具や、酒造りの工程をジオラマで紹介されています。

  

 『黄桜記念館』の中にはお酒造りで使われる京都の名水「伏水ふしみず」が湧いている井戸があります。この水はナトリウム・マグネシウム・カルシウムなどのミネラル成分を多く含んだ水だそうです。

 この伏水は汲むことが出来るそうなんですが、一度に10ℓまでと制限があります。一度汲んでもう一度並びなおせば再度10ℓ汲むことが出来ます。一度に10ℓって凄い量だと思うんですが、上限まで汲んでいく人・・・いそうですよね・・・笑

  

○さいごに

 今回行った博物館は一段と癖の強い博物館でした。基本的に企業博物館って自社のメインの商材を扱うことが多いイメージでしたがその概念は打ち破られました。自分の好きな物を展示する!そんな博物館があっても悪くないですね。寧ろ、どんどんそんな博物館に行きたいです。

  

  

○脚注

○脚注
1 名前の由来は社長が黄桜を好んだことから
2 崑とは昭和の漫画家 清水崑のこと。1953年から週刊朝日で「かっぱ天国」という漫画を連載しており、それが社長の目に留まったらしい。カルビーの「かっぱえびせん」の広告も手かげていた。

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