【真鶴町】懐かしの古民家『真鶴町民俗資料館』

○概要

民俗資料館について

当館は岩地区に在住していた故土屋文雄氏(土屋康二氏の二男)の御厚意により、土屋家旧宅を借用して昭和61年2月19日開館いたしました。土屋家は、石材業を営み衆議院議員等を輩出する名家であり、開館にあたっては旧宅内に残されていた貴重な美術工芸品、生活用品等を町に寄贈していただきました。

これら土屋家からの寄贈品を中心に、町で所蔵している漁業・石材業関係の資料を展示しています。

 今回訪問した博物館は神奈川県の西に位置する真鶴町の民俗資料館です。周りは箱根や湯河原と温泉街に囲まれた地域に位置しています。

 

 真鶴では古くから採石が行われており、江戸時代の築城や台場[1]東京のお台場のこと。江戸時代のペリー来港に脅威を感じた江戸幕府が防衛のために洋式の海上砲台として建設した。の建設、明治時代になってからも横浜港・横須賀の軍港などにも真鶴産の石材が供給されてきたという歴史があります。

 当博物館は真鶴の名産である石材業で財を成した土屋家の旧宅が博物館となっており、住宅街の中にひっそりと存在していて少し分かりずらいかもしれないです。。

 

 ちなみに真鶴の名前の由来は地図上の形が鶴に似ているからなんだとか・・・(Wikipedia調べ)。

 

○基本情報

・入場料金

 無料

・営業時間

 10:00~15:00(昼食時は閉館)

・休館日

 平日(12月27日~1月5日は休館)

・アクセス

 〒259-0202 神奈川県足柄下郡真鶴町岩596 

 (東海道本線 真鶴駅から徒歩20分)

 




○実際に使われていた貴重な品々

 入ると存在感がある土屋大次郎氏の肖像が現れます。描かれている人物は土屋大次郎。土屋大次郎は1897年に築地で石材商店を営み、神奈川産の石材を販売していました。

 

 1904年になると東京市街電車の敷設された時の舗装敷石を大量に受注。その後も事業を軌道に乗せていき、土屋大次郎の営む石材商店は順調に名を高めていきます。

 

 第10回総選挙に土屋は出馬し、衆議院議員となるが1910年5月に突然病により命を落とします。

 

 居間に進むと土屋家が実際に使っていた私物を見ることが出来ます。本棚には三国志やレ・ミゼラブル、新青年[2]1920年から1950年まで続いた日本の雑誌。など幅広いジャンルの読み物が置かれています。

 

 居間には大きい隠し金庫もあります。金庫の前に鉢を置いて中が見えないようにするという些細な工夫もしていたようです。

 

 TV番組「世界の何だコレ!?ミステリー」によく登場する竹内金庫[3]日本最古の金庫メーカー製のものかと期待しましたがロゴマークが違うので違う会社で作られたもののようです。でも、ダイヤルがいろは順が使われているのは時代を感じます。

 

 さらに居間には貴重な工芸品、美術品の展示もしています。徳富蘇峰や横山大観など日本の近代美術を確立してきた名匠の作品も見ることが出来ます。

 

○地元の産業関係の物品が展示されている土蔵

 土屋家には土蔵がありその中にも入ることが可能です。土蔵内は2階に分かれており、1階には重箱や釜など生活道具が展示されていました。みかん選別機など面白い道具も展示されており観ていて飽きなかったです。

 

 2階に進むと真鶴町の産業である、漁業に関する道具が数多く展示されています。海女さんが使っていた道具や船の模型など今まで見たことが無いような道具が沢山あります。一つ一つの道具の名前が分かるように展示されているので気になったのがあったら、自分で調べてみるのもいいかもしれません。

 

○さいごに

 今回行った真鶴民俗資料館ですが駅から結構遠いので注意が必要です。ですが、目的地に行くまでに見える海の景色はとても綺麗だったので散歩がてらに行くのもいいと思います。

 真鶴には初めて来ましたが綺麗な海で海水浴やバーベキュー、海鮮が食べれるランチなど観光するのにぴったりの場所だと感じました。

 

 帰りは近所の地元の料理が楽しめる岩忠で料理を食べて同じ真鶴市の博物館「遠藤貝類博物館」へ歩いて向かうのでした。遠藤貝類博物館はまた後日、記事にします。

 

 

○脚注

○脚注
1 東京のお台場のこと。江戸時代のペリー来港に脅威を感じた江戸幕府が防衛のために洋式の海上砲台として建設した。
2 1920年から1950年まで続いた日本の雑誌。
3 日本最古の金庫メーカー

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