【文京区】苦労の連続・・・!『東京都水道歴史館』

○概要

水の道は未来へと続いています

古来より、人々は水を求めて長く険しい道のりを歩んできました。

徳川家康が江戸に幕府を開いた頃より豊かな水への取組が続けられています。水は私たちの暮らしを潤し、江戸・東京の発展を支えてきました。

21世紀を迎え、安全でおいしい水をお届けする東京水道のメッセージは世界へ向けても発信される時代となりました。

江戸‐東京400年、過去から学び、未来を創造する・・・

東京都水道歴史館では、平成7年の開館以来大切な水道の歴史を皆様にご紹介しています。

 

 今回紹介する博物館は東京の水道の歴史をメインに展示している博物館です。博物館内は1階と2階に分かれており、2階は江戸時代の水道について、1階は近代の水道についての展示を行っています。

 

 無料の音声ガイダンス端末の貸出も行っており展示一つ一つの解説を聞くことも出来ます。基本、音声ガイダンスは有料のところが多いイメージですがここは無料で貸し出しを行ってくれます。

 

○基本情報

・入場料金

 無料

・営業時間

 9:30~17:00(入館は16:30まで)

・休館日

 毎月第4月曜日(月曜休日の場合はその翌日)

 年末年始(12月28日から1月4日まで)

・アクセス

 〒113-0033

 東京都文京区本郷2-7-1

 (JR中央線・総務線 御茶ノ水駅 徒歩8分)

 

  

○東京の上水の始まり

 徳川家康が江戸を本拠地とした当初は寂れた村ばかり。井戸を掘っても塩分が強く飲み水に適さなかったそうです。初期の江戸は大勢の家臣を連れてくることが困難だったため、生活用水確保のために河川の改修を始めました。

 

 まず家康が家臣に命じて作らせたのが小石川上水(後の神田上水)。その後、江戸の発展と共に上水の数が増えていきます。

 

 上の画像は江戸時代に使われていた水路です。木樋や継手の組み方などの江戸時代の技術力を間近で見ることが出来ます。水路から水が漏れないように合わせ目に槙肌まきはだと呼ばれる繊維を詰め込むなど、江戸時代の職人の知恵を知ることが出来ます。

 

○今も流れる上水には苦労があった!『玉川上水ものがたり』

 江戸時代になりしばらくの間は神田上水と溜池上水で水を供給していましたが、江戸の人口が増えていくと水の供給が追い付かなくなってきます。その対策の為に玉川上水の工事が計画されます。

 

 玉川上水の計画に関わった玉川兄弟の苦労がアニメーションで見ることが出来ます。流れる映像は「日本昔話」みたいな絵のタッチ、語り部だったのでとても聞きやすかったですよ。

 

○時代は近代 世界に誇る東京の水道

 1階は近現代の水道の歴史についてです。近現代になると江戸の頃とは違い、金属のパイプに移り変わっていくことが分かります。

 

 明治時代初期はガス灯や鉄道など目に見える部分は早めに近代化がされてきました。しかし、地下を流れる水道については近代化が遅れ、明治維新期の混乱もあり管理が十分に行き届かなかったようです。

 結果、木樋は腐食し始め水質は悪くなり、火事の時も江戸時代からの木樋を使っていたことから消化に活かせなかったりとトラブル続きだったようです。

 

 水道設備の改善は巨額の費用を要するため中々進みませんでした。しかし、1886年(明治19年)になるとコレラが流行します。年に1万人も死者が増え、上水沿岸でコレラの汚物流出騒ぎもあったことから、これを機会に水道設備の改善が大きく進むこととなります。

 

 本格的に水道設備を導入するとは裏腹に市民の反対や財源の問題で上手く工事は進まなかったそうです。ですが、市(当時は東京市と呼ばれていた)の懸命な説得で市民を納得させ1911年(明治44年)に水道の施設を完了させることが出来ました。

 

 それにしても約30年で東京内の水道をほぼ全域に施設させたのは素直に驚きました。明治時代の人恐るべし・・・!

 

○さいごに

 今回行った博物館は水道の博物館でした。お台場にも水道関係の博物館があったので、このジャンルは結構多くあるのかなと思います。まだ東京のしか行ったことが無いので他の県のも行って見たいと思います。

 日によってはプレゼントがもらえるみたいなので随時HPをチェックしてみてください!

 

 

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